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ごぶさた

雑記 / 2007.09.11
どうも、ひさびさです。
札幌に戻ってやんごとない日々を送っております。
やっぱり故郷は落ち着きますね。
豊田市、田原市、名古屋、そして東京と、この5年間転々としてきましたが、結局は札幌が肌に合うというか、とても自然に過ごせているかんじがします。
当面、といいますか、少なくともあと1ヶ月はこちらにいる予定です。

何をしているのかと言いますと、日々、考えています。
公園を歩いたり、カフェで腰を落ち着けたり、クラブで音に身を委ねたり、育ってきた部屋に閉じこもったり。
毎日、次の生き方や人生、具体的にいうと、生活スタイルも含めた生活手段といいますか、まあ、次なる仕事を検討しています。
一日ひとつのビジネスプランないしは職業を考えようとしています。
楽しいです。
まあ少ない貯金をじんわりじんわりと削りながら暮らしてるわけですが、これが楽しい。
たぶん、こうして色々と想いを巡らせている瞬間が、一番楽しいんでしょうね。

これまでの人生を整理しつつ振り返ってみると、就職して以来の5年間に関して、それまでの人生で蓄積してきた、あるいは5年前に手に入れた、生きがいといいますか、人生の楽しい部分が、じんわりじんわりと削ぎ落とされてきたようです。
とりわけ辛いことが増えたわけではありません。
ただただ、楽しいことや幸せなことが、削ぎ落とされてきたようです。
人生プラスの部分とマイナスの部分があるとすると、マイナス面の大きさは(形を変えながらも)そのままに、プラスの面だけひたすら無になった、というかんじです。
想像してみてください。
みなさん、身の周りにどんな楽しいことがありますか?
それは、趣味に没頭することだったり、買物だったり、仕事だったり、おしゃべりだったり、伴侶と一緒にいることだったり、もっとシンプルなことを言えば、ただメシをウマいと思うことだったりすると思います。
まあいろいろあると思いますが、僕の場合、それらの楽しみが、著しく無に近づいていたのです。
何度振り返ってみても、これほど生きていて辛いことはありません。
なぜって、「生きる意味」とは、なんですか?
日々の楽しみや幸せや希望の積み重ねに尽きると思うのです。
それらが無くなった途端、人は、虚しくなり、ポジティブな死を意識するはずです。
実際は、悲しむ人がいるからとか、死ぬ気力すらないとか、そういう割と消極的な理由で踏みとどまったりするわけですが、かといって、それで生きることへの疑問が根本的に解消されるわけでもありません。

まあさておき、そういうことであれば、自分の欲する楽しみ、言い換えれば「生きがい」を見つけることしか方法はないわけです。
僕の場合は、与えられたやり方や人生を好みませんので、自分で探します。結局は自分が一番よく知っているとも思うからです。
自分の道を、自分で切り拓く。
まずこの時点で、生きる楽しさが存在します。
そして、誰の目も気にせず、自分の思いどおりに、生活を全うする。
ここにも、楽しさがあります。
成功すれば満たされます。
たとえ結果として(傍目には)失敗したとしても、自分の選んだ道であり、他人の意思が直接そうさせたわけではないのですから、僕はそもそも「失敗」という定義に当てはめません。
それに、この世の中、どんなに失敗したって、命まで取られることはありません。
…まあ僕は自分のことを一度死んだ人間と思っていますし、すごく死が身近にあるので、命をとられたところで(略)
できれば、リスタートする時のために、借金は作らない。それだけです。
まあ新しいことを始める際に、身の丈にあった始め方をすればいいだけの話ですから、そんなに難しいことではありません。
それから、自由であること。
僕が時間を気にせず思案に耽っていても、ビジネスプランの採算が不確かでも(投資家に説明を求められたとしても、望ましい収益ラインなんて僕次第ですから、鉛筆なめなめ皮算用しとけばいいだけです)、昼間から酒を飲んでいても、ひがな一日雨後のゴミ袋のようにぺったりとベットに横たわっていても、髪の毛をアフロにしても、誰からも文句は言われません。
自由なのです。
これが心地よい。
とりわけ金持ちになりたいわけじゃないですから、どんな事業をしたって、貧乏な芸術家になったって、お構いなし。
だれに説明する必要もなく、咎められることもなく、指図されることもなく、責められることもなく、褒められることもなく、給料が与えられるわけでもなく、手柄も、責任も、すべて自分の手中にある。
フルコントローラブルで天井レスな人生。

…なんだかつらつらとキーを打ってしまい、何を言いたいのかわからなくなってきました。
とにかく僕が言いたいのは、僕は今、人生で最も、根本的に、自由というものを理解し、享受しており、楽しい、ということです。
どうやら僕はサラリーマンという生き方に向いていなかった。
まあ当初から少し背伸びをしていたようなところはあった。
でも決して無駄ではなかった。
向いていなかったということが、死の皮すれすれのところで解ったから良かった。
まだ29歳だからとか、29歳にもなってとか、そんなことはどうでもいいのです。
所詮相対的なものです。
自尊心、見栄、被操作感、満足、失敗、経済的安定、身上的安定、自由、スタイル、思案…そんなキーワードがすべて混然となり、僕の場合は、「死」というなにか無常観にも似たオブラートでくるまれた、ゲームのような人生。
そんなのもありかと思っています。
俺はもっと高く飛べる。
そう思っています。

見栄は捨てた。
俺は俺だ。
金は人並み以下で良い。
嫁にも子供にも出会えないかもしれないが良い。
よく考えることは続ける。
好きだから続ける。
スタイルは捨てない。
愛も捨てない。
自由を愛でる。
自尊心の塊だ。

それでOKです。
僕は産まれました。
スターをとったマリオのような気分です。

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